蒸籠で蒸し蒸し

香港での食事はどうしても野菜不足で油過多になる。忙しい時には昼も夜も外食で済ませる事も多く、突然、野菜が食べたくなってサラダ屋に駆け込むなんてこともあった。さっぱりすまそうと麵を頼んでもスープには油が入っているし、野菜を摂取しようと麵屋で油菜(やうちょい)を頼んでも、日本のおひたしとは違って茹でる湯の中に油が入ってる。そんな事が続くと、つくづく油分がいやになって、夜遅く家でうどんやそばを茹でて食べたり、ただの茹でた野菜にドレッシングやポン酢をかけて食べたりしていた。
しかしおひたしばかりでは飽きてしまう。いい方法はないものかと考えた。そうだ、野菜を蒸せば簡単に沢山の野菜が食べられるし、肉や魚やソーセージも一緒に蒸してしまえばメインの料理にもなる。野菜は茹でるより蒸す方が栄養価も高いと聞くし、色鮮やかに仕上がる。ドレッシングを各種用意すれば、味も飽きないしノンオイルドレッシングなら油を摂取せずに食べられる。
香港のウチの台所は恐ろしく狭かった。最初は無水鍋の購入を考えたが、値段が高い上に重くて洗うのが大変そうだ。次に電気のスチーマーも考えたが、置いておく場所を確保するのが困難、洗うのも面倒そうだと、買うのはためらわれた。それなら蒸籠(セイロ)で蒸すのはどうだろう。蒸籠は手入れも簡単そうだし、手持ちの鍋に組み合わせればいい。お値段もそう張るものではないはずだ。そういえば、散歩の途中で気になっていた店がある。せっかく香港で蒸籠を買うのだからその専門店で買いたいと思った。
蒸籠は鍋の上に乗せるには鍋にぴったり合うサイズのものが必要だが、中華鍋に乗せるなら鍋より小さければよいということで中華鍋に乗せて使うように24センチほどの蒸籠を買うことにした。蒸籠は深さによって2種類あり、さらに蓋の状態も2種類あったので、深い方で蓋が丈夫そうな方を選んだ。
蒸籠を使って、馬鈴薯、南瓜、茄子、菠薐草、蓮根、玉葱、人参、椎茸、名の知れない茸、インゲン、キャベツ、ソーセージ、魚、肉とあらゆるものを蒸してみた。これにポン酢、梅や胡麻のドレッシングをかけて食べた。これが思いのほか美味しい。特に蓮根なんてびっくりするぐらい美味でお気に入りになった。もちろん焼売や蝦餃などの点心も蒸した。多い時は1週間のうち半分は蒸しものになっていた。
帰国する前に新しく蒸籠を2つ買った。ひとつは香港で使っていたのと同じ24センチほどのもの。もうひとつはそれより少し小さい20センチのもの(写真のもの)。お値段は最初に買った時からかなり値上がりしていたが、それでも2つで3000円程度だったと思う。今はもっぱら大きい方を使っている。因みに蒸籠は湿気が大敵で、湿気ってしまうと黴が生えるため、洗ってよく乾かし、風通しのよい場所に仕舞っておくのが長持ちさせるコツだ。
徳昌森記蒸籠は5代にわたって蒸籠を作っているという老舗で、すべて竹を使った手作り。一代目は広東省の田舎で蒸籠などの竹製品をつくっていたが、広州の茶樓が繁盛しているというので二代目が広州に出てきた。戦後になって三代目が香港へやってきて、今は四代目と五代目だという。蒸籠の胴のところに押されている「徳昌森記蒸籠」の大きく青い印が蒸籠作りへの誇りを感じさせる。
近くを地下鉄が通るため、このあたり一帯の地価が高騰しており、徳昌森記蒸籠も別の場所へ移らなくてはならないかもしれないという。なんとも寂しい。今の店舗のうちのもう1度尋ねておきたい。


徳昌森記蒸籠
 香港西環西邊街12號地下